| ホームページへ |
インディアンジュエリーショップへ |
アメリカインディアンのページへ |
野生動物のぺーじへ |
2000年2月17日
2003年9月1日再度アップ, 2004年1月 11日/2月12日改訂
スーザン小山(2000 , 2001, 2002, 2003,2004C)
版権/文責者 スーザン小山
無断転載複写を禁ず
さてこの『アジア渡来説』には現在さまざまなひとびとが疑念を投げかけるようになりました。ですがこの説が生まれるには、それなりの背景があったので、こ
こではまずそれについて少し触れてゆきましょう。
コロンブスが米大陸に漂着して、白人ヨーロッパ人がアメリカ大陸を占領し
はじめた17、8世紀頃、西欧の知識人のあいだには米大陸の原住民のひとびとはどこか ら来たのかという疑問を討議する考えがもちありました。そういう疑問が積もり積もって、最後に19世紀頃、人類学というものが確
立してからできあがった説です。
それが学説として確立する前には、インディアンは聖書にある、イスラエルの失われた12部族のうちのひとつだなどという考えもありました。それは宗教的な
見地からであり、またカトリック教会では「インディアンは果たして人間か、動物か、つまり魂はあるのか」などということすら真剣に討議されていました。そ
れから、近代産業が持ち上がって産業革命が進むと、産業の弊害(公害は当初から産業の悪い側面としてひとびとに注意を喚起しました)が叫ばれ、有名なル
ソーのように「自然に帰れ」という考えも生まれました。そして西欧知識人が「自然」ということをいうとき、そこにはほとんど例外なく、アメリカンインディ
アンが自然に近く生きる純粋なひとびとの手本として引き合いに出されました。これは西欧だけでなく、当のアメリカでも生まれた考えで、ナサニエル・ホーソ
ンなどはインディアンの自然主義ということを非常に美化したものです。
それから時代が下り、アメリカインディアンの祖先は古代のイスラエル人で
あったと主張する、純粋にアメリカ的な宗教である「モルモン教」が生まれたのです。これはアメリカだけでなくキリスト教の他の宗派から非常に攻撃を受けた考えのひとつで、おそらくモルモン教に独自の考えでしょ
う。その攻撃のもとはまた、他の宗派に限らず、学界からのものでもありました。モルモン教がうまれたアメリカの19世紀、学界はアメリカインディアンはア
ジアから、という学説がほぼ定着しつつあったのです。ただし私は、モルモン教の教えはまったくのでたらめとは少しも思っていません。その理由はいずれ発表
する機会があるでしょう。(この部分2004年2月12日追加)
では当時の学者たちは、なぜアジア大陸渡来説にこのように執着したのでしょうか。その理由のひとつに、2万年も前には、大洋を航海出来るような船な どなかったのだから、徒歩でやって来たのに決まっているという考えがあります。大洋の潮流がどのような働きをしているか、当時の学者はあまり考慮 しなかったようですね。なぜって、ひとびとは大昔から、古代フェニキア人のように達者な航海者がいて、潮の流れについてはかなりの知識をもっていたのですから。
ところでここまで読めば、あなたは、私は大陸渡来説に疑問をもっていることに気づかれたのではありませんか?
そうです。この説にはいま、アメリカインディアンから非常に批判が集中しています。
現在のアメリカインディアンのひとびとのなかには、自分達はどこかよその大陸からやって来たのではない、歴史が書かれるずっと、ずっと昔からここに住んで
いたのだ、というひとびとが大勢いるのです。事実私もそういうひとびとと話をしたことがあります。
それはデンヴァーのパウワウ大会のとき、インディアンの歴史について考える討論会に出席させていただいたときでした。そこで私は、「いま、インディアンの
ひとびとはアジア渡来説に反対しているが、あなたがたはどう思いますか」とお聞きしました。
そのときの司会のひとは私の顔をつくづく見て、「もし私たちの祖先がアジアから来たのであれば、私もあなたのような顔をしているはずでしょう。でも私の顔
を良く見てください。私はあなたとは全然顔のつくりが違いますし、また肌はあなたのような色などしていませんよ」といって、ちょっと腕をまくって見せてく
れました。
インディアンのひとびとはみな、赤褐色の肌色をしているひとなのです。
そのひとはそこでさらにこういいました。
「この肌色はいったいどこから来たと思いますか。この大地から来たのですよ。こういう赤い肌色をしたひとびとは、世界のどこにもいませんよ。アジアにもい
ないはずです」
その時まわりにいたみんなもいっせいに、「そうだ、そうだ」とうなずきました。いったいこれはなにを意味しているのでしょうか?
いまの人類は、ネアンデルタール人とか、クロマニオン人とかの原始人から進化して、ホモ・サピエンスと呼ばれる直立歩行の動物となったと考えられています
ね。そしてアメリカ大陸には、いまのところ、どこからもネアンデルタール人とか、クロマニオン人の遺骨など発見されていない。
するとこれはなにを意味するのでしょうね?
アメリカインディアンというのもこれまたどう見てもホモ・サピエンスですから、これはどこかでこういう進化を遂げ、つまり出来上がってから南北米大陸に来
たにきまっている、19世紀の学者にとっては、そう考えるほかになかったわけですね。当時はダーウインの「進化論」がとっても盛んでしたからね。
では、私が話をしたインディアンのひとはまったくでたらめの嘘っぱちを言っているのでしょうか。それとも嘘つきなのは白人のほうなのでしょうか。話はまだ
続きます。
そのひとのうちのひとりで、部族政府に勤めていると自己紹介をしてくださった方(残念ながら名前は忘れましたが、カリフォルニア北部の部族(クラマス族)
は、自分の考えのもとをこう話してくれました。
その話をさらに紹介しますが、それを読むためには、この文章のはじめに、氷河期ということばが出て来ましたので、それをちょっと思い出してください。
「私たちの間には、洞窟のなかで暮らしていたという伝説がいろいろ伝わっています。私たちにはご承知のように、書き言葉というものがありません。ですから
歴史は口承文学として、物語として語り継がれます。白人の学者は文字に書いたものでなければ信じません。だから、わたしたちインディアンのことを、無知な
人間だと思っています。でもそれはメートル法でヤードポンド法を計ろうとするような ものです。そんなことをすればすっかり混乱が生じてしまうでしょう。私たちの価値は、口承の歴史を、歪曲しないで伝えるところにありますから、おじいさ
ん、おばあさんから教えられた話を正しく覚えて、それを正しく子供や孫に伝えるということがいちばん大切なのです。そうして何万年もの歴史を積み重ねて来
たのです。その口承伝説のなかで、洞窟のなかに私たちの先祖が住んでいたということは、いったいなにを意味するのでしょうか。私は考えるのですが、その頃
はまだ地表は氷河に覆われていたので、ひとびとは洞窟のなかに暮らしていたに違いないのです。洞窟のなかにはいって見たことがありますか」
そのひとは私にこう尋ねました。
私はそこで、ニューメキシコ州にある、巨大なカールスバッド洞窟のことを思い出しました。そして「ええあります」と答えま した。するとそのひとは「なかは夏は涼しく、冬はあたたかいでしょう」といいました。そのとおり、洞窟のなかは温度差がなく、1年中一定なのです。
そのひとは言い続けました。
「洞窟のなかに長く住んでいたということはなにを意味するのでしょうか、氷河期が終わってアジアから渡って来たというのは、本当ではないということになる
はずです。最後の氷河期よりさらに前から、私たちはこの大陸に住んでいたのです。私はそう思っています」
そのひとはそういってにっこり笑いました。
この話を聞いて私は、べつのインディアンのひとの話も思い出しました。そのひとは「なるほど、インディアンはどこか、よその島からここにやって来たのかも
知れないな。だがそれはアジアだったとは限らないよ。アトランティス大陸だったかも知れないし、ムウ大陸からだったかも知れないよ」とそんな謎のようなこ
とをいうのです。このひとはダコタ族のアレン・ロス博士で「ミタクエ・オヤシン」という本のなかでそういうことを書いています(じつはこの本は、私の訳で
日本でも出版されています。ドイツやフランスでは、ベストセラーになっています)。
アメリカン・インディアン運動(AIM)の指導者として有名なラッセル・ミーンズ氏の講演を聞いたときも、同じようなことをいっていました。ミーンズ氏は
「アジアから来たかどうかなんて大切なことじゃあないですよ。もしかしたら、ヨーロッパ大陸から来たかも知れませんからね」と言いました。また、10世紀
頃、ヴァイキングが北欧からやって来て、アメリカ東海岸に村落を作って住んでいたことも指摘しました。
このように、インディアンの起源は、日本人はどこから来たかという説が幾つも入り乱れているように、じつに複雑なのです。
まして米大陸には、白人の到来で絶滅してしまったひとびとがいるにしても、まだまだ何千もの部族がいて、言葉もじつに多くあるのです。そのすべてのひとび
とが、全部アジアから来たと考えるなんてじつに非科学的なのです。文化人類学にとって言葉は、ある民族の発祥がどこかをさぐる重要な鍵ですから、こんなに
いろいろな言葉があるのに、それがみなアジアだけをもとにしているなんて、全然おかしいではありませんか。
ムウ大陸やアトランティスから来たというのはいかにも突飛ですが、アジア大陸徒歩渡来説を
信ずると、それだけでは説明出来ない、不思議なことがほかにもいっぱいありま す。
たとえば、なんとカリフォルニア州のモハーヴェ砂漠から、20万年前の石器道具が発見されているのです。いったい2万年前に、あるいはもう少し譲っても、
その2倍の4万年くらい前にアジアから来たのがこの大陸の住人の最初なのであれば、いったいこの事実はどう説明出来るのでしょうか?
ほんとうのところは、インディアンのひとびとが、伝説を歴史として主張するとおり、アメリカインディアンは、白人がいうよりずっと、ずっと昔からこの大陸
に住んでいたのではないでしょうか。
現代の科学の発達は非常にすばらしいものですが、科学では説明出来ない不思議なことがらはいっぱいありますよねえ。科学だって、もとの説の立て方が悪けれ
ば、正しい答えは出て来ないわけですからね。
そこですでに指摘しましたが、アジア大陸渡来説に固執する学者のいちばんの考えのもとは、当時は大洋を航海出来る船などなかったから、ということがありま
す。
ですが、南米エクアドルの西海岸からは、日本の縄文式土器の紋様と同じ土器がいっぱい出ているといいます。大洋の潮の流れに乗れば、思いがけないほど遠く
に出かけることが出来ることも、最近ではわかっています。そういえば、日本の歴史でも、ジョン万次郎のように、嵐にあい、潮に流されて遠い大洋のまんなか
をさまよっていた例がありますね。ハイエルダール博士が芦舟を仕立てて古代の大洋航海のありさまを再現しましたが、これは十分に意義あることがらではない
でしょうか。
そして将来はもっと発掘が進み、さまざまなところから、思いがけない大洋航海のしるしが出て来るかもしれないでしょう。そうすればアジア渡来説はくつがえ
されるでしょう。
それだし、いままでには知られていない人類発生説が、将来出て来る可能性があるでしょう。いま私たちが信じている科学的学説は、ほとんどがダーウインの進
化論のうえにたった、直線的発展の論理のうえにたっています。でももしかしたら、グラハム・ハンコックの「神々の指紋」じゃありませんが、どこかに非常
に高度な文明があってそれが滅亡し、その生き残りがアメリカ大陸に移ってインディアンになったのかも知れないではありませんか。いやそれよりも、その文明
はアメリカ大陸そのものにあったのかも知れませんね。
ほんじゃあまたね。