単に言葉の響きだけから文字を発明するということがどれほど困難かということは、私たち の想像にあまりあるものがあります。
彼はそれをたったひとりで成し遂げたわけで、これは天才的なわざだといえるでしょう。彼の発明した文字にもとづいてチェロキー族は自分たちの憲法を作り、
ひとびとに政府の方針を知らせることは民主主義には絶対のこととして、新聞も発行しました。おかげで文字を読める部族民が飛躍的に向上、その文盲率は当時
の白人大衆よりはるかに低かったのです。
ですが時代が下り、白人との関係が非常にこじれ出しました。これはべつにチェロキー族のせいではありません。罪はむしろ土地に眼のくらんだ白人にありまし
た。このようなとき、米国政府と部族政府の間には、土地の不法な略奪を抑制するために、政府同士の約束事である条約というものを結びます。そこでインディ
アン部族国家と米国政府のあいだには無数の条約が交わされたのですが、残念なことにアメリカ側はそれをことごとく破ってきました。
チェロキー族の例はその先駆ともいうべきもので、条約も、なんども締結されては破約に終わり、部族はしだいしだいに土地を失い、追い詰められてゆきまし
た。そして最後にジョージア州で、非常に不幸な出来事が起きました。それはこの州で黄金が発見されたのです。
のちに(1840年代の終わり)カリフォルニアに黄金が発見されていわゆるゴールドラッシュが生まれ、全米はおろか世界中から一攫千金を夢見る荒くれ男た
ちがそこにかけつけたのですが、アメリカの西部開拓史の裏にはつねに黄金があり、それに目のくらんだ白人によるインディアンの土地盗みがあります。そのは
じまりがジョージア州のゴールドラッシュだったといってよいでしょう。いまや白人たちはチェロキー族の排除を声高に要求し始めました。黄金の出る豊かな土
地を自分たちの手中におさめるためです。
さてここにアンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson)という軍人がいました。彼はのちに合衆国大統領となるのですが(上の写真参照)、このような最高権力にいたる出世街道のはじまりは、
1812年のイギリスとの戦争における勝利でした。彼は若い頃チェロキー族のなかに住み、部族の女性を妻にしていたほどチェロキー族とは深い関係にあり、
かつまた部族戦士団の助けがなければこの戦争の勝利はおぼつかなかったのです。
その彼が、大統領になるととたんに、かつて親子の関係すら結んだチェロキー族の排撃を、まっさきがけて推進したのです。彼は選挙時の公約どおり、チェロ
キー族だけでなく現在の米国南東部に住むチャクトウ(Chaktow)、チカソウ(Chikasaw)、クリーク(Creek)、セミノール (Seminole)といった部族をオクラホマに追い出す「1830年のインディアン排除法」を推進、それが国会を通るとためらうことなく署名しました。